Take The A Train
by Duke Ellington And His Orchestra
消化器内科が取り扱う臓器は消化管、膵臓、胆嚢、肝臓など、非常に多岐にわたります(下図)
また、疾患の分類としても癌や出血・各種感染症などの緊急性や重篤性の高いものから、便秘や過敏性腸症候群、脂肪肝といった日常的にありふれた慢性疾患を含んでいます (腹痛、 アニサキス症 、胃・十二指腸潰瘍、 ピロリ菌感染(除菌治療) 、下痢、 ノロウイルス 、 ジアルジア症(ランブル鞭毛症) 等の感染性胃腸炎、 過敏性腸症候群 、 B型やC型ウイルス性肝炎 、胆石、 脂肪肝、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH) 、 自己免疫性肝炎 、 原発性胆汁性胆管炎(原発性胆汁性肝硬変) 等)。そういった広い範囲にわたる患者様に診察と治療、必要があれば高次医療機関への紹介を通して適切な医療を提供できればと考えています。
消化器分野に関わらずかかりつけのクリニックとして皆様の健康増進と日常のご症状の改善に取り組んでいきます。
平成28年に国の指針が改正され、市町村が行う対策型検診として内視鏡による胃がん検診(下図)が推奨されました。これに伴い三鷹市では2019年から胃内視鏡検診を実施しています。
癌による死亡率は増加傾向にありますが、食道、胃などの上部消化管領域における癌での死亡率は横ばいが継続しています。胃癌に関しては年間で約13万人程度が診断されており、男性では最も多く女性では3番目に多い癌となります。早期の胃癌では自覚症状がほとんどなく、進行癌でも症状がない方も大勢います。
上部消化管内視鏡検査は胃癌検診ガイドラインでも対策型検診・任意型検診として推奨されております。複数の観察研究において死亡率減少効果を示すエビデンスを有しており、内視鏡検診の主な目的は癌を早期発見することで死亡率を減少させることです。
一方、2017年の統計では食道癌の死亡者数は11568人と男性では7番目に多い癌となります。また、近年では上部消化管内視鏡検査の普及に伴い、十二指腸における腫瘍性病変の発見例や治療例も増加しています。
検診によって早期の病変を発見することは内視鏡での低侵襲な治療を可能にし、生存率の向上に寄与します。
上部消化管に存在する腫瘍、潰瘍(下図)だけではなく、
萎縮性胃炎や逆流性食道炎(下図)などの日常的に多く見られる良性疾患を含めた数多くの疾患のスクリーニングを行っていきます。
当院では、当初より経口及び経鼻内視鏡検査を実施していましたが、2023年4月より皆様から要望の多かった鎮静下内視鏡検査(いわゆる「苦痛のない内視鏡」)を開始しました。鎮静下内視鏡検査とは、鎮静薬等を注射し意識を低下させることにより、苦痛を軽減させて内視鏡検査を行う方法です。完全に眠らせるのではなく、大抵は呼びかけで反応する程度に投薬量を調整し検査を行います(意識下鎮静)。苦痛を和らげるとういう点では利点ですが、欠点もあります。以下、日本消化器内視鏡学会ホームページの記載を転載すると、
利点:
・意識がぼんやりした状態になる
・検査の不安やストレスがやわらぐ
・検査による苦痛や不快感がやわらぐ
・検査が繰り返し受けやすくなる
欠点:
・意識がなくなることがある
・血圧が下がることがある
・呼吸が弱くなることがある
・検査後しばらく休む必要がある
・検査当日の運転を控える必要がある
です。経鼻内視鏡検査では嘔吐反射が抑えられるため鎮静薬を使用しません。ですので、当院では検査前、あるいは検査当日以下の資料をお読みいただき、検査方法を選択して頂いております。
また、内視鏡検査を受けるには予約(空きがあれば当日受検も可能)し、下記の如き「上部消化管内視鏡検査の説明書・同意書」の提出が必要です。内視鏡検査を希望される方は、電話にてご予約の上、事前に下記より同意書をダウンロード、ご記入の上、ご持参下さい。
さらに、鎮静下内視鏡検査を希望される方は、さらに下記の如き「内視鏡検査の鎮静薬投与についての説明書・同意書」も必要です。鎮静下内視鏡検査を希望される方は、電話にてご予約の上、事前に下記より同意書をダウンロード、ご記入の上、ご持参下さい。
専門治療が必要であればその都度近隣の専門機関にご紹介を行います。
当院では安全に配慮をした検査を実施していきますので、ご質問・要望等ありましたらお気軽にお尋ねください。
胃癌の発生要因としてはHelicobacter pylori(H.pylori) (下図)感染が大きな要因を占めています。
H.pylori感染は非常に多く年齢とともに上昇し、60歳までに約50%の人が感染するとされています。また、アジア人では多く感染していることが報告され、本邦で胃癌患者様が多い一因となっています。H.pylori感染における萎縮性胃炎を上部消化管内視鏡で診断し、血中抗体検査、便中抗原検査、尿素呼気試験を行うことでH.pylori感染と診断し除菌を行います。適切に除菌治療を行うことは胃癌発生や消化性潰瘍の減少に寄与するとされています。長期間H.pyloriに罹患していた方では継続的な内視鏡フォローを行うことで更なる胃癌の早期発見が期待できると考えます。
また、H.pylori感染自体が胃もたれや食後の疼痛、食思不振などの症状を起こす方もいますので、症状の改善も期待できる可能性があります。
アニサキス亜科線虫の幼虫を含む海産魚介類を摂食後、長さ2~3cmの幼虫がヒトの消化管粘膜に穿入したことが原因で腹痛等の症状を来す疾患です。
原因海産性魚介類はサバ、サンマ、イワシ、アジ、イカ、タラ、カツオ、ニシン、ホッケ、オヒョウなどで、通常食する魚介類のほとんどで発症しています。
発症の仕方によって急性アニサキス症(劇症型)と慢性アニサキス症(緩慢型)に分けられます。食道、胃、十二指腸、小腸、大腸の全消化管において発症しますが、胃の頻度が最も多いです(90%以上)。急性アニサキス症の発症には即時型アレルギー反応が関与しているようです。
症状は、それら魚介類を摂食後、2~8時間後に腹部激痛で発症します。悪心・嘔吐、さらに蕁麻疹を伴うこともあります。腸アニサキス症の場合、摂食数時間~数日後に発症、ときに、腸閉塞を来すこともあります。
問診で、上記生鮮魚介類を食べたことを確認した場合、本症を疑い、内視鏡検査を勧めます。検査で粘膜に刺入した虫体が観察(左図、画面右下に白色のとぐろ巻いた虫体が見えます)されれば診断でき、その後、虫体を生検鉗子などで摘出(中図、鉗子で掴んだ虫体)すると症状は速やかに消失(右図、虫体を取り除かれた後の胃粘膜)します。
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有効な駆除薬はないので、内視鏡で摘出するのが最も有効な治療法です。ちなみに内視鏡で虫体を摘出せず放置しても、1週間程度で軽快します。
もちろん確実な予防法は魚介類を生食しないことですが、マイナス20℃24時間以上冷凍、60℃1分の熱処理で死滅します。ですから、十分焼いたり、煮たりすれば安全です。冷蔵では数週間生存します。25℃以上では生存できないため、夏場には発生しにくく、北海道に多く発生します。酢でしめたり、醤油漬け、塩漬け、日本酒程度では死にません。生姜、山葵には防虫効果があり、調理法として一考です。
アニサキス幼虫は上記魚介類の内臓に寄生していますが、魚介類が死亡すると内臓から筋肉に移動します。ですので、新鮮なうちに速やかに内臓を取り除くと予防できます。
2020年岳父を看取るため20回近く函館に赴いた折、ハマってしまい何度となく活イカを食べましたが、一度もアニサキス症になることはありませんでした。生簀から掬ってすぐに捌いて出されたものだったので安心して食べることができました。(文責髙松慶太)
2011年12月13日の産経新聞に「『トイレに行かせて』江ノ電バス運転手が乗客残しファミレスへ」といった見出しの記事が掲載されました。「申し訳ないのですが、トイレに行かせてください」とアナウンスし、エンジンを切り車輪に輪留めをかけて、バス停前のファミレスに駆け込んだ」との内容です。この記事に鬼気迫るものを感じた方は、私同様各駅停車症候群だと思います。
過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome;IBS)とは、大腸・小腸に器質的異常(がん、潰瘍や腸炎など視覚的に判別できるような形態的な異常)がないにもかかわらず、下痢や便秘などの便通異常、腹痛、腹部膨満感や腹部不快感などの症状を呈する症候群で、症状の発現や増悪にストレスが密接に関係しています。ストレス社会の現代においてIBSの罹患率は増加の一途を辿っています。IBSは良性疾患であり生命的予後良好(寿命は健常者と変わらない)ですが、生活の質(quality of life;QOL)を害するため、苦痛を感じ医療機関を受診すると病気とみなされます。
IBSの成因は不明です。ただ、消化管運動異常、内臓知覚過敏、心理的負荷の3つの要素が複雑に絡み合って、病態を形成しています。そのため、最近では、これらの病態を説明する考え方として、「脳-腸相関」(下図、アステラス製薬ホームページより転載)という概念が提唱されています。
IBSは、最も頻度の高い消化器疾患の一つで、日本の有病率は10~20%に達するといわれています。つまり、少なくとも日本に約1,200万人の患者さんがいると推定されています。とあるIBSの講演会で、講師が参加者の医師達に、IBS症状の有無を尋ねたところ、私を含め約半数の医師が挙手しました。IBSが如何にありふれた疾患であること、また、医師が大きな精神的ストレスを抱えていることを示唆しているようです。IBSの男女比は男:女=1:1.6で、有病率は20~30歳代で高く、加齢とともに減少します。約50%の患者さんでは35歳前に発症し、50歳以上の初発患者は10%程度しかいません。日本では、特に受験期にIBSを発症する人が多いようです。当院でも中高生の患者さんが増えています。病型として下痢型、便秘型、混合型および分類不能型がありますが、下痢型は男性に多く、便秘型は女性に多く見られます。軽症は70%、中等症は25%、重症は5%程度です。男性に多い下痢型IBSは急に大便を催す上、下痢便のため一歩遅れると便失禁しかねません。そのため、トイレのない電車に長時間乗れず、各駅停車症候群と呼ばれています。
IBSは、腹部症状(腹痛、腹部不快感、腹部膨満感、腹鳴など)を伴った下痢や便秘が続き、ストレスによって症状が出現したり、増強したりします。患者さんの多くはそれら腸症状のみならず、嘔気・嘔吐、食欲不振などの他の消化器症状、心悸亢進、四肢冷感、発汗、顔面紅潮、肩こり、頭痛などの自律神経失調症状や不安感、不眠、無気力、緊張感、全身倦怠感などの精神神経症状などを訴えることもあります。
IBSは、器質的疾患ではなく機能的疾患ですから、大腸がんや炎症性疾患でみられるような血便や体重減少、発熱はみられません。また、ストレス負荷により症状が発現・増悪しますので、睡眠中やリラックス状態の時には症状は出ません。
また、IBSには同様の機能性消化管障害として、顎関節症、機能性ディスペプシア、胃食道逆流症、機能性直腸肛門痛などが高率に合併します。また、うつ病、不安障害、パニック障害、心臓神経症、線維筋痛症、慢性疲労症候群なども併存することが多いです。
IBSでは精神的ストレスが増悪因子になっていても、患者自身が必ずしもストレスを自覚しているとは限りません。腹部症状と、試験や仕事など生活上のエピソードとの因果関係を具体的に確認する必要があります。
また、IBS患者のライフスタイルは健常者よりも不規則な食生活を送り、睡眠も不規則なことが多いようです。
IBSの診断基準に関しては、世界的にはRomeⅢ診断基準(2006年)がグローバルスタンダードとして使用されています。
IBSは、RomeⅢ基準において「過去3ヶ月間、月に3日以上にわたって腹痛や腹部不快感が繰り返し起こり、
の3つのうち2つ以上の症状を伴うもの」と定義されています。
下痢や便秘、腹痛等は、日常診療において頻繁に遭遇する消化器症状ですが、その原因と病態は多種多様です。その多くが急性、一過性の疾患ですが、IBSでは病悩期間が3ヶ月以上と慢性の経過を辿ります。しかし、慢性の器質的疾患も存在しますから、
という点を確認することが重要です。
腸炎に罹患してから3~6ヶ月後にIBSを発症する症例が10%前後あります。腸炎後にIBSが発症した場合には、臨床像がやや異なる面があるので、腸炎後IBSと称しています。腸炎後IBSのリスク要因は腸炎の罹患期間、重症度、女性、若年者などです。乳酸菌製剤による治療が有効な場合が多いようです。
自験例として東南アジアに海外旅行に行き、現地で下痢になり、帰国後も半年以上IBS症状が持続した女性がいました。
IBSと推察される患者さんに対して、大腸がん、感染性腸炎、クローン病、潰瘍性大腸炎、膵炎、甲状腺機能異常症など器質的疾患を除外するための尿検査や血液検査、便潜血検査、便細菌検査、便虫卵検査など非侵襲的な検査を実施します。直腸指診で直腸がんも否定します。もし、それらの検査で異常があればIBS以外の疾患が考えられるので、大腸内視鏡検査など精密検査を勧めます。
簡単な検査で異常がなければ、IBSとして治療を開始し、この治療に反応すれば治療を継続し、反応しなければ器質的疾患を疑って消化管精密検査を実施するという「診断的治療」を行います。
IBSは問診だけでも診断可能な疾患ですが、ある程度の検査は実施した方が患者は安心します。患者は「自分はがんなどの重篤な疾患ではないか」と疑って来院するケースが多いので、検査をして器質的疾患の可能性を否定すると、安心してIBSに対する治療に専念し、治療効果も上がります。
IBSの治療には、食事指導、生活習慣是正に加え、薬物療法として高分子重合体、消化管機能調整薬、乳酸菌製剤、抗コリン薬、下剤、セロトニン5-HT3受容体拮抗薬、漢方薬、抗うつ薬、抗不安薬などがありますが、かなり奏功します。また、心理療法、精神療法などもあります。軽症、中等症、重症に分類した「心身症診断・治療ガイドライン(2006)」が作成されており、詳細は割愛します。いずれにしても、QOLが改善、症状をセルフコントロールでき、社会生活上も適応できれば治療のゴールとなります。
患者に対して、ライフスタイルの是正を含めた生活指導や内科的治療を行っても症状が改善しない場合があります。上述の如くIBSではうつ病、不安障害なども合併している症例がしばしば見られますが、患者は身体症状を前面に訴え(仮面うつ病、心身症)、精神症状がカムフラージュされているからです。このような患者に対して抗うつ剤や、抗不安剤などにより心理面の治療を行って精神症状が改善すると、患者は便通異常や腹痛、腹部不快感が多少残存していても「具合がよくなった」と自覚的に改善されることが多いのです。
治療を成功させるためには、良好な患者-治療者関係を築くことが大切です。そのためには、患者の苦痛を傾聴し、受容すること、検査結果を丁寧に説明し、IBSの病態生理をわかりやすく解説すること、IBSは機能性疾患であり予後良好であること理解させること、などにより精神的ストレス→IBS→精神的ストレスといった悪循環から解放することも重要です。
高松 慶太 執筆
この数年のウイルス性肝炎治療法の進歩は目を見張るものがあり、知識量が爆発的に増大、非常に複雑化しています。患者さんにとって最も適切な肝炎治療を行うためには、生半可な知識ではダメで、非常に高度な専門性が必要になっています。大学院時代C型肝炎ウイルスの研究に携わり、ある程度基礎知識のある私も、年々複雑化する内容を完全に把握するのが困難になりました。都内に二つしかない「肝疾患診療連携拠点病院」の一つ(もう一つは国家公務員共済組合連合会虎ノ門病院)である武蔵野赤十字病院消化器科泉並木部長のお話では「非常に複雑なため専門医でも常に勉強していないと正確な診断、判断を下すことができない。」程だそうです。
B型やC型のウイルス性慢性肝炎における新知見をまとめてみると、
以上のような状況のため、当院ではB型またはC型ウイルス性肝炎の方を発見した場合、その方にとって最も適切な治療法を判断するため、必ず、武蔵野赤十字病院を含めた肝臓専門医療機関の受診をお勧めしています。当院でウイルス性肝炎の診療を行うのは肝臓専門医療機関で指示され、連携して治療を行う場合に限定しています。
高松 慶太 執筆
近年、内臓脂肪蓄積により糖尿病、高血圧、脂質代謝異常等の異常が重複するメタボリック症候群(以下、メタボと略す)が問題となっています。メタボとは、単なる肥満ではなく、内臓脂肪(皮下脂肪ではない)が蓄積することにより発症する病態で、その部分症として、脂肪肝を高率に合併します。脂肪肝は文字通り肝臓に脂肪が蓄積した状態です(厳密には肝細胞に5%以上蓄積した状態。換言すると5%未満は正常)。
私が医者になりたての頃は、「太りすぎが原因の脂肪肝は、治療に薬は不要で、減量により簡単に治り、死ぬこともないので、アルコール性肝炎やB型、C型ウイルス性肝炎に比べると臨床的に重要ではない。」といった考え方でした。
一方、昨今、上記の「当院でのB型及びC型ウイルス性肝炎の診療について」で記載したように、ウイルス性肝炎の診断や治療法が著しく進歩、ウイルス性肝炎に合併する肝細胞癌が徐々に減少、撲滅も見え始めました。逆にそのことで、B型やC型肝炎を合併しない肝臓癌、具体的には、脂肪肝を基礎疾患とする肝臓癌(下図、当院で発見された脂肪肝に合併した肝臓癌症例)の存在がクローズアップされています。
つまり、以前、“大した病気でない”と考えられていた脂肪肝が肝臓癌発症の原因となりうることが明らかになり、脂肪肝に関する新しい疾患概念が確立、脂肪肝診療にパラダイムシフトが起きています。
脂肪肝(FL=Fatty liver)は、アルコール性脂肪肝(Alcoholic FL)と非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD=non-alcoholic FL disease)に分かれます。非アルコール性とはエタノール換算で1日男性30g、女性20g以下の飲酒量であることです(その他、薬剤や遺伝性疾患等による二次性脂肪肝もNAFLDから除きます)。このように、飲酒を主たる原因としない脂肪肝NAFLDの有病率は約30%と高率(日本人の肝疾患の中で最多。男性にやや多く、女性の場合高齢者に多い)で、昨今のメタボ化を反映しています。当然ですが、肥満の程度とNAFLD有病率は相関し、BMIが28以上の方では、なんと80%以上の有病率です。ただ、NAFLDの方が皆肝臓癌になるわけではありません。NAFLDのうち10~20%(おそらく何らかの遺伝的因子が関係)が非アルコール性脂肪性肝炎(NASH=non-alcoholic steatohepatitis)という進行性の病態に至り、約20年の経過を経て5%が肝硬変(肝線維化が進行、肝臓が硬くなった状態)に、さらに5~10年後に非代償性肝硬変(肝硬変がさらに進行、黄疸、腹水、肝性脳症、出血傾向等の身体所見が出現、治療抵抗性に進行する病態)に、そしてさらに1~5年後にNAFLDのうち1~2%の方が肝臓癌や肝不全で亡くなります。つまり、NAFLD100人中、亡くなる方は1~2人程度ですが、もともと日本人の約30%という高い有病率(ウイルス性肝炎の約8倍)の病気ですから、いずれ20~40万人が亡くなることになり、臨床的に非常に重要な疾患といえます。因みに、NAFLDのうち、肝癌リスクの高いNASHではない病態を非アルコール性脂肪肝(NAFL=non-alcoholic fatty liver)、単純性脂肪肝といいます。
NAFLDは単なる肝臓病と捉えるべきではありません。NAFLDの背景因子がメタボのため、脳卒中、虚血性心疾患等の心血管イベント(1.6倍)、大腸癌(2倍)、女性の乳癌(2倍)等も発症しやすいことが分かっています。
近年、大規模臨床研究の成果から、脂肪肝の程度より肝線維化の程度が、肝硬変への進展や肝臓癌発症のみならず、心血管イベントや肝癌以外の発癌と密接に関係していることが明らかになりました。肝線維化の最も確実な診断方法は、肝生検(肝臓に針を刺し、肉片の一部を切除する)による病理学的検査で、肝臓の線維化のstageは、F0:線維化なし、F1:軽度の線維化、F2:中等度線維化、F3:高度線維化、F4:肝硬変、に分類されます。しかし、肝生検によるサンプリング量は肝全体のわずか1/50,000。脂肪肝病変には肝臓内不均一性があり、必ずしも肝臓全体の病変を代表しているとはいえません。さらに、肝生検は入院が必要な侵襲的検査で簡単に実施できません。
また、MRI検査を利用した肝MRエラストグラフィ(MRE)による肝弾性度=線維化測定も非常に有用ですが、検査機器を利用できる施設が限られ、また検査費用が高額でスクリーニングには向いていません。
その代用として、採血検査による肝線維化マーカー、例えば血小板(NASHにおいて血小板が19万以上ならF0~2、19万以下ならF3、15万以下ならF4と推測されます)、ヒアルロン酸、Ⅳ型コラーゲン7S、M2BPGi、オートタキシンが保険適応となっており診断に利用されています。
また、採血検査など複数の検査結果を用いたスコアリングシステムとして、FIB-4 index(当院でもNAFLDが疑われる症例に実施しています)やNAFLD fibrosis score(NFS)等も利用されています。
一方、簡便、低侵襲で、かつ検査費用が廉価な腹部超音波検査では、従来、肝臓の形態観察により、肝線維化を主観的、定性的に捉えても、客観的、定量的に測定することは来ませんでした(超音波検査による肝線維化の進行した肝硬変所見。左図、肝実質エコーの粗造化。右図、肝表面不整)。
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しかし、最近、超音波検査を使用したFibro scan、Shear wave elastography(SWE)、RTE(LF index)法等が開発され、軽度から客観的に肝線維化を評価可能となっています。当院でも昨年新しい超音波検査装置を導入、SWE法やRTE法による肝線維化定量測定を開始、NASHの疑われる方に実施しています。何れにしても各種の採血、画像診断には一長一短あるため、それらを総合的判断することが大切です。
上述の如く、NAFLDはメタボを背景としているため高血圧、糖尿病、脂質異常症と高率に併存しています。そのため、高血圧の37%、糖尿病の31%がFIB-4 index高値との報告があります。高血圧、糖尿病、高トリグリセライド(中性脂肪)血症の方は積極的に腹部超音波検査を受けて下さい。
また、上述の如く、NAFLDは、肝臓癌、肝不全のみならず、心血管イベントや肝臓以外の癌の原因になりますが、肝線維化stage0~3では肝臓以外による死亡、F4(肝硬変)では、肝関連死が多いです。実際、NAFLDの肝臓癌発症率は年0.044%と低値ですが、NASHでは0.529%と10倍になり、さらに肝硬変進展例では2.26%と著増します。B型肝硬変発癌率が3%、C型肝硬変が6%であることを考慮、NASH肝硬変患者では、肝炎ウイルス患者同様、年2~3回の肝臓癌スクリーニング画像診断が推奨されています。
このように、脂肪肝の臨床的意義の高まりから、その正確な診断の重要性が増しています。しかし、NAFLDには診察して気付くような特徴的な自他覚症状や身体所見はありません。脂肪肝の最も確実な診断方法は、やはり肝生検による病理学的検査です。しかし、入院が必要で侵襲的であり簡単に実施できません。また、MRI検査を利用した脂肪定量も有用ですが、検査機器を利用できる施設も限られ、また検査費用が高額でスクリーニングには向いていません。そのため、簡便、低侵襲で、かつ検査費用が廉価な腹部超音波が専らスクリーニング検査として使用されています。しかし、“通常の”腹部超音波検査の感度は低く、30%以上の脂肪化がないと拾い上げられません。換言すると5~30%の軽度の脂肪肝は見逃されることになります。また、“通常の”腹部超音波検査での診断は画像の印象による定性的な判断で、定量的かつ客観的に測定することはできず(超音波検査による脂肪肝所見。左図、高輝度肝。中図、肝腎コントラスト。右図、深部減衰)、上述の肝線維化評価と同じ状況でした。
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ところが、近年、超音波検査による“減衰法”が開発、肝生検やMRI検査と比較し感度、特異度とも約80%と良好で、脂肪肝定量評価方法として推奨されています。当院でも昨年新しい超音波検査装置を導入、減衰法による脂肪肝定量測定を開始、NAFLDの疑われる方に実施しています。
また、超音波検査を受けずとも、Fatty Liver Index等のスコアリングシステムを使用すると採血結果等(BMI、腹囲、トリグリセリド、γGT値)から、脂肪肝の存在を推定することができます。ご自身の職場での定期健康診断の検査値だけで判定できますから、試してみて下さい。計算方法は難解ですが、ネット上に自動計算するサイトが多数あるので、そちらを利用して下さい。
NAFLD疑い≒肥満+メタボ(高血圧、糖尿病、脂質異常症)+肝機能検査異常、を認める症例における超音波検査の意義をまとめると、
1、脂肪肝の有無、程度
2、肝線維化の有無、程度
3、肝癌併発の有無
にあると言えます。
上述の如くNAFLDは予後良好なNAFLと不良なNASHに分かれますが、両者は相互に移行します。NASHは生活習慣の改善によりNAFLになりますし、逆に生活習慣の悪化によりNAFLはNASHになります。NAFLD治療の根本は、メタボ脱却と肝線維化進展予防です。生活習慣改善は体重減少、食事療法と運動療法が基本で、低カロリー食、低炭水化物食、低脂肪食、飽和脂肪酸接種制限です。体重減量で明らかに改善します。考えようによっては、治療法は安上がり。NAFLD、とくにNASHと診断された方は、真剣に生活習慣是正に取り組んで下さい。
高松 慶太 執筆
代表的な自己免疫性肝疾患に自己免疫性肝炎(autoimmune hepatitis;以下AIH)と原発性胆汁性肝硬変(primary biliary cirrhosis;以下PBC)があります。開院後7年余りの間に当院でも、両者を合わせると10人近く発見された難病で、注意深く観察すると時々見つかる病気です。とくにPBCは国の特定疾患治療研究事業の56対象疾患の一つで、検査代、診察代、薬代など診療にかかわるすべての費用が公費負担となります。ですから、正しく診断し、公費負担の申請手続き方法を指導することは患者さんにとって大きなメリットです。現在AIHは10,000人程度、PBCは57,000人程度日本にいると推計されています。ということは人口約17万人の三鷹市内だけで90人程度自己免疫性肝炎と原発性胆汁性肝硬変の方がいることになります。診断されていない方もまだ多数いるでしょうから、実際にはもっと多いはずです。ここでは、頻度の多いPBCついてお話します。
免疫とは人間が病原体、がん細胞などヒトにとって有害なものから身を守るための体の中の仕組みです。そのため免疫システムは自己と非自己=病原体などの異物を明確に区別し、非自己のみを攻撃排除するようになっています。どのようにして免疫システムが無数にある非自己と自己を判別しているのか、その仕組みを解明したのが日本人で始めてノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進博士です。
自己免疫性疾患とはその免疫システムが間違って自己を攻撃することによって発症する病気です。自己免疫性疾患の中で最も有名なのが関節リウマチです。関節リウマチは、免疫が自分の関節を攻撃する病気で、関節が破壊され変形します。一方、自己免疫性肝炎は自分自身の肝細胞を、原発性胆汁性肝硬変は肝臓の中にある自分自身の胆管(胆汁を肝臓から腸管に流し出すための管)を攻撃、破壊する病気です。ちなみに、便の主成分は本来白色ですが、腸管に排出された胆汁の黄色に染まりあのような色になって排泄されています。
PBCは末期には胆汁が体の外に排泄できなくなるため、体内に胆汁が逆流、黄疸(黄疸で皮膚が黄色になるのは、胆汁が黄色いためです)をきたし、ついには肝臓病の終焉状態である肝硬変となります。PBCが発見された1950年当時、このような肝硬変の患者さんが端緒となって発見された疾患であったため、原発性胆汁性肝硬変と名付けられました。
PBCの特長を列記すると、
となります。
このうち、4のうち、AST、ALT、γ-GT、総コレステロールは三鷹市民健康診査の検査項目に含まれています。ですから、三鷹市民健康診査を受診すると、性別、年齢、AST、ALT、γ-GT、総コレステオロール値からPBCの可能性のある方を拾い上げることができます。実際、当院で発見されたPBC患者の多くが、三鷹市民健康診査が端緒でした。
γ-GTは飲酒によって増加します(例外的に飲酒しても上昇しない方が存在します)。また、飲酒習慣のある方はメタボや肥満の方が多いため総コレステロール値も高い方が多いです。換言すると、飲酒習慣がないにもかかわらず、γ-GT、総コレステロール値高値の場合、積極的にPBCを疑い、高ミトコンドリア抗体、血清IgMなどの追加採血を進言しています。
治療にはウルソデオキシコール酸やベザフィブラートが有効で、検査データが改善されるとともに、生命予後も改善します。無症候性PBCの方は、一般人と寿命は変わらず、天寿を全うします。一方、症候性PBCは徐々に進行、肝硬変に至り、肝不全や合併する食道静脈瘤の破裂が死因となることが多いです。そのため、末期のPBCの方に対しては肝移植が行われることもあります。無症候性PBCの方の一部は症候性PBCに移行しますので、無症候性PBCの方も定期的に検査を受ける必要があります。
AIHもPBCも同じ発症機序の自己免疫性疾患ですから、両者が合併(PBC-AIHオーバーラップ症候群)することもあります。また、肝臓以外の自己免疫性疾患、例えば関節リウマチ、シェーグレン症候群、慢性甲状腺炎(橋本病)、CREST症候群などがPBCの約20~30%に合併します。
ところで、上記の如くPBCの約70%は無症状です。無症候性PBCの方は、一般人と寿命は変わらず、天寿を全うします。こういった方々に原発性胆汁性“肝硬変”といった病名を付けることは問題です。歴史上、この病気のため肝硬変に至った方が端緒となり発見されたため、当初付けられた病名「原発性胆汁性肝硬変」が現在まで変わりなく使用されてきました。しかし、現在、ほとんど健常人とかわらないくらい健康なPBC患者のいることが明らかになり、さらにそういった方の方がむしろ多いことも明らかになっています。にもかかわらず、未だにそういった方々に“肝硬変”の病名を使用しています。
私自身、三鷹市民健康診査でPBCを疑ったとき、患者さんに「まったく無症状かもしれませんが、検査データから『原発性胆汁性肝硬変』という病気が疑われますので、追加で採血してはどうでしょうか?」と進言すると、皆一様に「肝硬変ですか!」と驚かれます。そのため、毎回原発性胆汁性肝硬変の歴史的な背景などをお話し、肝硬変でない方にも肝硬変という病名を使用していることをご説明しています。でないと、患者さんは検査結果が出るまでの間、不安な気持ちで数日間を過ごさなければならないからです。原発性胆汁性肝硬変という病名はPBC患者像の実態と乖離しており、すでに「原発性胆汁性胆管炎」といった病名に改めようといった議論がなされています。
高松 慶太 執筆
先日、初めてジアルジア症(ランブル鞭毛症)の症例を経験しました。
患者さんは長期休暇を取得、4か月間インドの安宿に滞在していた方です。渡航前から当院で高血圧の治療を受けていました。帰国後、2か月以上経て降圧剤の処方を受けるため久しぶりに来院されました。旅行中の様子を伺うと、予想通り不衛生な環境のため下痢が続いた上、毎日毎食カレーでさすがに食傷気味になり、滞在中に10kg体重が減ったそうです。しかし、帰国後は元気になり5kg回復したとのことでした。久しぶりの来院のため定期の血液検査実施しました。結果、白血球の中の好酸球が22%(以前の値は2%)と著しく増加していることを指摘しました。
白血球にはいろいろな種類がありますが、そのうち好酸球という白血球が増加する病態として、
等が挙げられます。このうち最も頻度が多いのはアレルギー性疾患です。日常診療の中で、好酸球増多症を見た場合、そのほとんどがアレルギー疾患、とりわけ喘息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎と言っても過言ではありません。
しかし、今回、アレルギー性疾患の持病がなかったこと、前値が2%だったこと、インドで下痢をしていたことなどから、寄生虫疾患を真っ先に疑いました。そして、再度よくよくお話を聞くと、帰国後も下痢が続いているとのことでした(早く言って欲しかった!)。ご本人曰く、「今回、何だか下痢の直りが悪くて。いつもだったら放っておいても治るのですが。」とのことでした。寄生虫感染が疑われることを説明、早速便の提出を指示、虫卵検査を行うことにしました。
便検査の結果、下図の如くランブル鞭毛虫のオーシスト(接合子嚢)を発見、ジアルジア症(ランブル鞭毛虫症)と診断しました。
本疾患は、感染症法の5類感染症(全医療機関が診断後7日以内に最寄り保健所に届け出の義務がある)となっているため、早々に東京都多摩府中保健所へ届け出を行いました。臨床症状、感染経路、治療方針などに関しては、東京都感染症マニュアルの「ジアルジア症」を転記します(下図)。
ご存知の方も多いことと思いますが、成田空港等を経て帰国するとき、空港の検疫所で発熱や下痢などの症状がある場合、申告するように求められます。インドからの帰国で下痢症状があると、検便検査を無料で実施してくれるようです。この方はおそらく無申告のまま検疫所を通過したのだと思います。下図のマニュアルの如く下痢便の取り扱いが不適切(トイレの後の手洗い等)な場合、帰国後家族への二次感染の可能性もあります。インドなど衛生環境に問題のある国(厚生労働省検疫所ホームページ国別情報:インド)へ旅行中、発熱、下痢などの症状があった場合、面倒臭がらず検疫所で申告しなければならないことを明記します。
高松 慶太 執筆