脂質異常症の治療の目的が動脈硬化の予防であるとご説明しました。動脈硬化の程度が単に脂質の値のみで決まるのなら、値の高い方は必ず治療しなければならなくなります。しかし、実際には動脈硬化の程度は脂質異常症の程度のみで決まるわけではありません。動脈硬化の発症を促進する因子を「動脈硬化危険因子(リスクファクター)」といいます。それらには下記のようなものがあります。
LDLコレステロール以外の主要な危険因子(動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007を改変) |
- 低HDLコレステロール(善玉)血症
- 加齢(男性≧45歳、女性≧55歳)
- 糖尿病(耐糖能異常=糖尿病予備軍を含む)
- 高血圧
- 喫煙
- 冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)の家族歴
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悪玉のLDL-コレステロールの増加に加え、これら動脈硬化危険因子をどれだけ多数持っているかによって動脈硬化の進展度合いは異なります。想像してみてください。同じ程度にLDL-コレステロールが高くとも、「コレステロールが高く若くして心筋梗塞のため他界した父親の息子で、高血圧、糖尿病の両方を患い善玉のHDLコレステロールが低く、タバコが止められない50歳の男性」と「コレステロールは高かったが心筋梗塞を患わず88歳まで長生きをした父親の娘で、高血圧、糖尿病とも一切なく善玉のHDLコレステロールがたっぷりあり、タバコを吸ったことのない50歳の女性」、どちらの方が、動脈硬化=血管の老化が進むと思いますか。どちらの方が心筋梗塞でポックリ逝きそうでしょうか。
ちなみに、加齢の項目で、男性45歳以上、女性55歳以上となっているのは、男性の方が女性より若くして動脈硬化が進展し、心筋梗塞になりやすいからです。これも男性の平均寿命が女性より短い理由の一つになっています。
脂質異常症は、たとえ同じ検査値であったとしても皆同じように治療するわけではありません。脂質異常症以外の危険因子が少ない方には、値が高くともできるだけ食餌療法を優先し薬は飲ませないように努めます。一方、既に動脈硬化の進展している方には、たとえ軽度の脂質異常症でもおのずと食餌療法に加え積極的に薬物療法をお勧めします。
ですから、当院では初診時に必ず上記の主要な動脈硬化危険因子について、問診や血液検査などで確認します。
これら主要危険因子のうち、禁煙は最も安上がりな治療法です。喫煙者には必ず禁煙を進言しています。
さらに、その他考慮すべき危険因子として下記のようなものがあります。
その他の考慮すべき危険因子(動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007を改変) |
- Lp(a)
- レムナントリポ蛋白
- ホモシステイン
- small dense LDL*
- 急性期反応蛋白(C反応蛋白、血清アミロイドA蛋白など)
- 催凝固因子
- EPA/AA比(筆者追加)
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(筆者注:*は保険適応外)
これらの項目の中で保険適応になっていないものは高額なため実施しません。また、比較的高価なものが多いため、費用対効果(支払ったお金対して、その患者さんにとってどれだけ有意義な情報が得られるか)を考慮して実施します。闇雲に実施しません。当院は大学病院ではありませんので研究目的に実施することもありません。
C反応蛋白(略してCRP)について
C反応蛋白(略してCRP)は廉価な上、保険適応であり非常に重要なため必ず実施します。血液中の悪玉LDL-コレステロール値が高いとそれらが血管の内面に付着、徐々に血管内腔が狭くなり、ついには閉塞してしまうと上述しました。しかし、実際の仕組みは少し違っています。
動画をご覧下さい。
実際は、血管の内側が盛り上がってきた当初、その内部にあるのは脂肪ですから、プラークは柔らかく傷つき破れやすい状態(「不安定プラーク」と呼びます)です。そのため、狭窄したところに発生する血液の乱流等によりプラークの表面に炎症=傷が生じ中身がむき出しになってしまうことがあります(プラークの破綻)。
ご存知のように血液は傷口があると、そこで固まって止血するよう作られています。そのため、血液が間違って血管内面の傷で固まってしまう(「血栓」と呼びます)わけです。血液が固まるのには数分程度しかかかりません。そのため、突然さまざまな臓器が梗塞を起こすことになります。心筋梗塞や脳梗塞が心臓発作、脳卒中などと呼ばれるゆえんです。動画では血管の内側がコレステロールの沈着により盛り上がった後、その隆起の表面に傷ができ、そこで血液が突然固まってしまう様子を表しています。CRPは炎症の指標です。ですから、ほかに炎症を伴う病気がないのにもかかわらずCRPが高値の場合、血管の内側の炎症の存在を強く示唆します。つまり、CRPの増加は梗塞が起こりそうな状態を示しているのです。実際、CRP高値の方は心筋梗塞になりやすいことが分っています。逆に、心筋梗塞を発症した方は、CRPが高い(炎症の範囲が大きい)ほど予後不良となることが分かっています。なお、コレステロールが沈着したプラークができた後、その表面に傷=炎症が生じるだけでなく、むしろ因果が反対で、正常な血管の表面に傷=炎症が生じるため、コレステロールが沈着しやすくなるという研究結果も最近得られています。いずれにしてもCRP増加は動脈硬化が進展し、梗塞の起こりやすい状態へ向かっていることを示しているのです。
リポ蛋白(a)(略してLp(a))について
Lp(a)は悪玉のLDL同様、動脈硬化病変への蓄積、冠動脈疾患の独立した危険因子として確立され、その測定は保険適応にもなっています。Lp(a)は、構造上血液線溶系(血液を溶かす仕組み)因子であるプラスミノーゲンと相同性が高いことが明らかになっています。そのためプラスミノーゲンと競合、線溶系を抑制、血液凝固によって引き起こされる病気、肺塞栓や深部静脈血栓症の危険因子にもなります。妊娠、閉経、手術、外傷等で増加しますが、運動や食事の影響を受けず、遺伝により規定されています。換言すると、運動療法、食事療法が無効な因子です。Lp(a)はこれまでそれほど大きく注目されていませんでした。それはLp(a)を測定し、たとえ異常を認めたとしても、Lp(a)を低下させる治療薬がビタミン剤のニコチン酸(商品名:ユベラN/ユベラニコチネート、ペリシット、コレキサミン)や女性ホルモンのエストロゲン(商品名:タモキシフェン、乳癌治療薬で高脂血症に保険適応なし)等しかなく治療が困難だったからです。脂質異常症の代表的な治療薬、スタチン、エゼチミブ(おもにLDLコレステロールを下げる薬)やフィブラート(おもにトリグリセライド;TG≒中性脂肪を下げる薬)は全く無効です。そのため、残余リスク(LDL-コレステロールを治療しても残る心血管イベントリスクのこと。高LDLコレステロール血症を完璧に是正しても、心筋梗塞になる確率は0になりません。換言すれば、LDLコレステロール以外に動脈硬化を促進し、心血管イベントを発症させる危険因子が存在するということです。)の中でもとくに注目すべき因子です。最近、使用可能となった完全ヒト型抗PCSK9モノクローナル抗体製剤は、Lp(a)を劇的に低下させるため、Lp(a)が再び注目を集めています。また、アスピリン(300mgの高容量)にも低下作用があります。
ここで注意しなければならないことは、Lp(a)はその構造の複雑さから測定方法が標準化されておらず、検査試薬(抗Lp(a)モノクローナル抗体)によりかなり誤差があることです。ですから、軽度高値の場合、検査委託会社を変更し、再検査するのも一考です。
small dense LDL-C(超悪玉コレステロール、メタボリックLDL-C)について
ご理解頂けていると思いますが再確認です。「総コレステロール」は血液中のコレステロールの合計です。その中には悪玉コレステロールであるLDLコレステロールと善玉であるHDLコレステロールが含まれます。血液中のLDLとHDLコレステロールの比率はおおよそ2~3:1で、LDLコレステロールが6、7割を占めますから、LDLコレステロールの測定が技術的に困難で総コレステロールしか測定できなかった時代、総コレステロールでLDLコレステロール値を代用していました。しかし、その後、総コレステロールに含まれるHDLコレステロールには、むしろ動脈硬化予防作用のあることが明らかとなり、総コレステロールよりも、LDLコレステロールとHDLコレステロールを各々測定、総コレステロールの中身を評価するようになっています。
しかし、その後LDLコレステロール値が正常であるにもかかわらず、動脈硬化の進行する方が少なからず存在することが明らかとなり、LDLコレステロール以外の残余リスクが問題となっています。残余リスクの検討が行われる中、注目されているのがsmall dense LDL(sd-LDL)、別名超悪玉LDLです。
ところで、血液中のコレステロールはそのままの形で流れているのではありません。アポリポタンパク質という物質と結合し安定したリポタンパク質になり、血液中を運ばれます。つまり、コレステロールはリポタンパク質という球形の船に乗って血液中を運ばれていきます。その船は全部で5種類(カイロミクロン、VLDL、IDL、LDL、HDL)ありますが、LDLは肝臓から血管壁にコレステロールを運び、HDLは血管壁から肝臓へコレステロールを回収します。LDLにより運ばれているコレステロールがLDLコレステロールで、HDLにより運ばれるコレステロールがHDLコレステロールです。LDLが多くHDLが少ないと動脈硬化が促進されますが、逆にLDLが少なくHDLが多いと動脈硬化は進みません。両者に含まれるコレステロールに全く違いはりありません。ですから、良いコレステロールも悪いコレステロールもありません。ただそれを運ぶ船、HDLがよい船で、LDLが悪い船なだけです。LDLやHDLを測定するより、LDLコレステロールやHDLコレステロールを測定する方が簡便なため、通常、LDLに含まれるコレステロール、すなわちLDLコレステロールやHDLに含まれるコレステロール、すなわちHDLコレステロールを測定し、動脈硬化のリスクを評価しています。
上述の如くLDLコレステロール値が正常であるにもかかわらず、動脈硬化の進行する方が少なからず存在するのですが、LDLを詳しく調べてみると、LDLの中には動脈硬化惹起作用の弱い大型のLDLと動脈硬化惹起作用の強い小型LDL、small dense LDLの2種類(LDLの中で平均粒子直径25.5nm以下、比重1.044~1.063g/mlの分画をsd-LDL、他方、直径25.5nm以上、比重1.019~1.044の分画をlarge buoyant LDLと呼びます)が存在することが解りました。①sd-LDLは肝臓で回収されにくいため通常のLDLと比べ血中に滞留しやすい(2日対5日)、②小型のため血管壁内に侵入しやすい、③酸化されやすい。酸化変性したコレステロールは血管壁内に存在する白血球の一種であるマクロファージに貪食され壁内に蓄積しやすい、④ビタミンEなどの抗酸化物質の保護を受けにくい等の特徴があるため、sd-LDLコレステロールは、通常のLDLコレステロールと比べ動脈硬化を引き起こす作用が3倍も強力です。sd-LDL-Cは、その小ささゆえ、血管内皮細胞(下図(「NATOM IMAGES ©Callimedia」)の血管の内腔側の表面にある一層の細胞)の隙間から、血管壁の中に入り込んで行きやすいのです。
しかもこのsd-LDLは小ささゆえ多数存在してもLDL全体に占める割合は増えにくく、LDL全体の量を押し上げません。つまりsd-LDLが多数存在してもLDLコレステロール値を押し上げません。換言すれば、LDLコレステロール値が正常な方であっても、sd-LDL-Cが多数存在している可能性があります。
sd-LDLはどのようにして体内で生成されるのか未だ諸説ありますが、直接的には血清トリグリセライドの上昇がLDLの小型粒子化に深く関連していることが明らかになっています。後述の「高トリグリセライド血症について」の段落もご参照下さい。高トリグリセライド血症は動脈硬化危険因子となっていますが、LDLを小型粒子化するこにより動脈硬化を惹起しています。高トリグリセライド血症は例え空腹時が正常であったも、食後高トリグリセライド血症単独でLDLを小型粒子化することも明らかになっています。
また、上述のように糖尿病、高血圧、低HDLコレステロール血症は動脈硬化危険因子となっていますが、これらはLDLコレステロールをsd-LDL化することが明らかになっています。そしてこれらの危険因子を合併しやすいメタボリック症候群ではsd-LDLが増加しています。そのため別名メタボリックLDLとも呼ばれています。sd-LDLが増加する疾患、病態を下記します。
small dense LDL(sd-LDL)が増加する病態(平野勉、「動脈硬化惹起性のリポ蛋白の代謝、最新醫学」)
- 高トリグリセライド血症:Ⅳ、Ⅴ型高脂血症、食後高脂血症、高レムナント血症
- 高アポB血症:Ⅱb型高脂血症、家族性複合高脂血症
- インスリン抵抗性:肥満、メタボリックシンドローム、2型糖尿病、糖尿病腎症
- 肝性リパーゼ活性亢進、CETP活性亢進
こう考えるとsd-LDLコレステロールは単独で高トリグリセライド血症のみならず、低HDLコレステロール血症、糖尿病、高血圧による動脈硬化をも反映していることになり、一元的に説明可能となります。今後は、総コレステロール値測定がLDLコレステロール値測定に取って代わられたように、LDLコレステロール値測定がsd-LDLコレステロール測定に取って代わられ、sd-LDLコレステロールが脂質異常症診断基準の主たる検査項目なる可能性があります。実際、欧米ではすでにsd-LDL-C測定が動脈硬化危険因子評価において主要な項目になっています。
さて、翻って日本では、sd-LDLコレステロール測定は保険で認められていません。sd-LDLコレステロール測定系開発者である海老名総合病院糖尿病センター平野勉先生の御話では、現在保険収載に向けたデータ収集を行っていますが、2022年頃までかかりそうとのことです。しかし、熱心な患者さんから、sd-LDL-C測定のご希望があり、
保険外診療のため高額になりますが、当院では5,500円で超悪玉sd-LDLコレステロールを測定できる体制を構築しました(予約不要)。測定試薬は、
デンカ生検のものを使用しています。同社のホームページにはsmall dense LDLについて、動画も交えて詳しい解説が掲載されています。是非参考にしてみて下さい。なお、sd-LDL-C測定が推奨される方は、
- 狭心症や心筋梗塞の既往のある方
- 狭心症や心筋梗塞の家族歴のある方
- 血圧の高い方
- トリグリセライド値の高い方
- 血糖値の高い方
- メタボの方
- HDLコレステロール(善玉)値の低い方
- LDLコレステロール(悪玉)値の高い方
などです。測定を希望される方はどうぞご連絡下さい。検査を受けるには前日までに事前の予約が必要です。検査値は食事の影響を受けません。ですから食事をして来院しても検査を受けることができます。しかし、日内変動があり早朝空腹時が最も高値となり、夕食後が最低値なるため、過小評価することのないよう早朝空腹時採血が最も適切です。
ところで、このように自身のsd-LDLコレステロール値を知るためには、保険収載になる2022年頃迄待つか、5,500円払って自費で今すぐ測定するしかないのでしょうか。いえ、直接sd-LDLコレステロール値を図らずとも、その値を推測する方法があります。もちろん大雑把ではありますが、トリグリセライドが増えると減り、HDLコレステロールが減ると増えるnonHDLコレステロールもその一つです。nonHDLコレステロールが170mg/dL以上でかつトリグリセライドが150mg/dLの場合、sd-LDLの増加を疑います。
また、上述の「家族性高コレステロール血症について」の段落で、水溶性の血液に溶けにくいコレステロールは、水溶性のアポリポ蛋白と結合、リポ蛋白という球形の舟に乗って血液中を移動するとご説明しました。肝臓はコレステロールを生成しますが、一方で余分なコレステロールの回収もします。肝臓がコレステロールを回収するとき肝臓表面LDL受容体はLDLリポ蛋白のアポリポ蛋白であるB-100を認識して回収します。LDL受容体の不具合でLDLコレステロールを回収できなくなり、高コレステロール血症となる病気が家族性高コレステロール血症です。sd-LDLであろうと、large buoyant LDLであろうとLDL一つに存在するアポリポ蛋白B-100は一つのため、同じLDLコレステロール値であってもsd-LDLの含まれる割合が多いと、一つ一つのLDL粒子が小さく数の多い分だけアポリポ蛋白B-100の量が多くなります。すなわちアポリポ蛋白B-100はsd-LDLの量と比例しますから、アポリポ蛋白B-100を測定すればsd-LDLの量を推測できることになります。しかし、B-100はLDLのみならずIDL、VLDLにも含まれ、肝臓で回収されるときに認識されます。また、アポリポ蛋白BにはB-100以外にB-48があり、B-48はカイロミクロン、カイロミクロンレムナントに含まれます。保険で簡単にアポリポ蛋白Bを測定できますが、残念ながらB-100とB-48を合わせた合計、アポリポ蛋白Bとして測定しています。そのため、アポリポ蛋白B測定でsd-LDL量を正確に知ることはできませんが、ある程度推測することができます。男性基準値は73~109、女性は66~101mg/dLですが、110以上の場合sd-LDLの増加を疑います。
同様の考えとして、コレステロールに含まれるsd-LDLコレステロールの比率が増加していくと、アポ蛋白B/LDLコレステロール比が増加していくため、>0.85の場合、sd-LDLが増加していると推測できます。換言するとLDLコレステロール/アポ蛋白B比が1.2以下の場合sd-LDLが増加していると推測できます。
small dense LDLの治療について:
sd-LDLの量を減らすには、sd-LDLを大型化かさせる方法とLDLそのものを減少させる方法がありますが、下記します。
- 食事療法、運動療法で体重、内臓脂肪を減らしメタボリック症候群を改善、高トリグリセライド血症を是正する(約10mg/dL減)
- HMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン製剤)によりLDL-Cそのものを減らし、比例してsd-LDLを減らす(約50%減)
- PCSK9阻害薬によりLDL-Cそのものを減らし、比例してsd-LDLを減らす
- フィブラート製剤、あるいはより強力な選択的PPARαモジュレーターによりトリグリセライド値を減らす
- ω-3製剤のEPA、DHAでsd-LDLを大型化させる
- コレステロール吸収阻害剤エゼチミブによりLDL-Cを減らし、かつトリグリセライド値も減らす
- 糖尿病患者の場合、SGLT2阻害薬やピオグリタゾンはsd-LDL粒子を大型化し減らす(約20%減)
EPA/AA比について
EPA/AA比については、後述の「高トリグリセライド血症について」や「n-3系多価不飽和脂肪酸(EPA;エイコサペンタエン酸、DHA;ドコサヘキサエン酸)の効用」の欄をご参照下さい。