高血圧の約90%は明らかな原因のない本態性高血圧です。これを略して通常「高血圧」と呼んでいます。遺伝的体質(家系)に食塩過剰摂取、肥満、アルコール多飲、運動不足、喫煙、ストレスなどの悪しき生活習慣が加わり発病すると考えられています。
一方、残り10%は二次性高血圧といい高血圧をきたす明らかな原因のあるもので、下記のようなものがあります。
主な二次性高血圧(高血圧治療ガイドライン2009を改変)
原因疾患 |
示唆する所見 |
腎実質性高血圧 |
蛋白尿、血尿、腎機能低下、腎疾患既往 |
腎血管性高血圧 |
若年者、急な血圧上昇、腹部血管雑音、低K血症 |
原発性アルドステロン症 |
四肢脱力、夜間多尿、低K血症 |
クッシング症候群 |
中心性肥満、満月様顔貌、皮膚線状、高血糖 |
褐色細胞腫 |
発作性・動揺性高血圧、動悸、頭痛、発汗、神経線維腫 |
甲状腺機能低下症 |
徐脈、浮腫、活動性減少、脂質、CK、LD高値 |
甲状腺機能亢進症 |
頻脈、発汗、体重減少、コレステロール低値 |
副甲状腺機能亢進症 |
高Ca血症 |
大動脈縮窄症 |
血圧上下肢差、血管雑音 |
脳幹部血管圧迫 |
治療抵抗性高血圧、顔面けいれん、三叉神経痛 |
睡眠時無呼吸症候群 |
いびき、昼間の眠気、肥満 |
薬剤誘発性高血圧 |
薬物使用歴、治療抵抗性高血圧、低K血症 |
薬剤による二次性高血圧について、従来から知られている非ステロイド系消炎鎮痛剤(商品名:バファリンやロキソニン等、以下同様)、甘草・グリチルリチン(グリチロン、多数の漢方薬)、糖質コルチコイド(プレドニン、リンデロン等)、造血薬(エリスロポイエチン製剤等)、免疫抑制剤(シクロスポリン、ネオーラル、タクロリムス等)、女性ホルモン関連薬(エストロゲン製剤)に加え、最近開発されたがん治療薬の分子標的薬(ネクサバール、アバスチン等)、抗うつ薬や神経痛治療薬のSNRI(サインバルタ等)なども血圧を上昇させます。昨今がん治療が進歩、抗がん剤を服用しながら「がんと共存する」方も珍しくなく、注意する必要があります。
その原因によっては適切な処置により完治し、降圧剤が不要になる場合もあります。一旦、降圧剤により治療を始めてしまうと、検査結果に影響が出るため二次性高血圧の診断が難しくなる場合があります。そのため、高血圧の初診の方には、治療を始める前に二次性高血圧鑑別診断の検査を受けていただきます。これらの多くは、詳細な病歴聴取と身体所見だけで鑑別できるため、検査を網羅的に実施する必要はありません。また、二次性高血圧鑑別診断のための検査は、比較的高価なものが多いため、費用対効果(支払ったお金対して、その患者さんにとってどれだけ有意義な情報が得られるか)を考慮して実施します。当院は大学病院ではありませんので研究目的に実施することもありません。
とくにNHK放送の「ためしてガッテン」でも取り上げられたように原発性アルドステロン症は二次性高血圧の中で最も多く(5~20%)、必ずその検査を受けていただきます。当院でも多数の患者さんが発見され手術を受けられました。
内なる海と原発性アルドステロン症
原発性アルドステロン症(Primary aldosteronism;PA)は睡眠時無呼吸症候群(Sleep apnea syndrome;SAS)と並び二次性高血圧の中で最も頻度が多い疾患です。
両側腎臓の上に帽子のように被さる副腎(下図のピンク色の腎臓の上にある黄色の部分)という臓器でアルドステロンaldosteroneホルモンが作られています。
アルドステロンは、腎臓でカリウムを排泄、引き換えにナトリウム(塩)の再吸収を促進、血圧を上昇(維持)させる働きを担っています。
ところで、皆さんは地球上の最初の生命が塩水である海の中で誕生したことをご存知のことと思います。約46億年前に最初の生命は誕生したとと考えられています。その後生物は陸上に進出、長い進化の過程を経て人類は誕生しました。赤ちゃんは母親の羊水の中でたった一つの受精卵から約10か月をかけ成長します。ヒトの受精卵は胎内で人類の進化の過程、数十億年の歴史を10か月で経験、生まれてくるといわれています。そのため、個体発生の初期段階、胚子はすべての脊椎動物で形態学的に非常に似ており、妊娠後半の器官形成期を経て各動物固有の形態に成長していきます(下図、エルンスト・ヘッケルによる脊椎動物の胚の比較)。
羊水の塩分組成、塩分濃度(約0.9%)は海水に非常によく似ています。現在の海水の塩分濃度は約3.5%ですが、約4億年前のデヴォン紀、脊椎動物が誕生した頃、原始の海の塩分濃度はその程度だったと推測されています。つまり受精細胞は海水の中で成長していくのです。出産後もヒトの細胞は細胞外液(血液、リンパ液、組織液など)の中で生命を維持します。やはり、この細胞外液の塩分組成、塩分濃度(約0.9%)は羊水同様海水に非常によく似ています。フランスの科学者ルネ・カントン(1866~1925)は、この様子を「内なる海」と表現、脊椎動物に生命維持のためこの内なる海の塩分組成、塩分濃度を保とうとする仕組みがあることを発見しています。現在、この仕組みを「ホメオスターシスhomeostasis(同一の状態、恒常性)」と呼び、生物が外的、内的環境の変化にかかわらず、生体の状態を常に一定範囲内に調整し、恒常性を保とうとすることを意味します。
アルドステロンホルモンはナトリウム濃度を低下させないため脊椎動物が進化の過程で獲得した機能です。古代、塩は貴重品で海辺で生活していれば別ですが、内陸部で生活する人にとって、むしろ塩分摂取不足による低ナトリウム血症のリスクの方が大きかったのではないかと推測されます。日々の労働も現代とは違い肉体労働が中心ですから、発汗のため低ナトリウム血症をきたし熱痙攣(熱中症の一型)を発症することも多かったと想像されます。そのような状況下、このアルドステロンは生命維持のため必須のホルモンでした。しかし、現代社会では発汗量も少なく(エアコンもありますし)、むしろ塩分過剰摂取が喧伝される中、このホルモンの重要性は極端に低下しています。
原発性アルドステロン症(PA)は、副腎にアルドステロン産生腫瘍ができたり、過形成がおきたりしてアルドステロンが過剰分泌され、体内にナトリウム(塩)が貯留、血圧が上昇(ナトリウムが過剰になると塩分濃度を下げるため喉が渇き、飲水します。すると循環血液量が増加、血管の中の圧力=血圧が上昇します)する一方、カリウムの排泄が促進され、低カリウム血症をきたす疾患です。低カリウム血症が進行すると四肢の脱力、周期性四肢麻痺、多尿、多飲などの症状がでます。しかし、近年、低カリウム血症をきたさない程度のPAが多く存在、本態性高血圧と鑑別が困難であることが明らかになってきました。そのため、これまで見逃されていた低カリウム血症をきたさないPAを考慮すると、PAはまれな疾患ではなく、高血圧患者の20%近くがPAであるとする研究報告さえもなされています。このように非常に高頻度で症状だけでは鑑別困難なため、日本内分泌学会、日本高血圧学会とも高血圧患者全例でのスクリーニング検査を推奨しています。
本態性高血圧とは下記のごとき違いがあり、そのような症例ではPAを疑い必ずスクリーニング検査を実施する必要があります。
スクリーニング検査が推奨されるPA高頻度の高血圧群 |
- 低カリウム血症(利尿剤誘発性も含む)合併高血圧
- 若年者の高血圧
- Ⅱ度以上(中等症・重症)の高血圧
- 治療抵抗性高血圧
- 副腎偶発腫瘍を伴う高血圧
- 40歳以下で脳血管障害合併例
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(高血圧治療ガイドライン2014から転記)
初診時未治療の患者さんでは、まず採血でPAC・PRA同時測定を実施します。一方すでに降圧剤を服薬していた場合、検査データに影響を及ぼしにくい降圧剤(Ca拮抗薬、α遮断薬、ヒドララジン)を服用中なら早速採血しますが、それ以外の降圧剤(βブロッカー、利尿薬、MR拮抗薬)を服用している場合は、一旦降圧剤を中止するか、上記薬剤に降圧剤を変更し採血します。ただ、降圧剤の変更が患者に著しい悪影響を及ぼす危険のある場合、そのまま採血することもあります。採血結果が、PAC/PRA比(=ARR;Aldosterone to Renin Ratio)>200を満たす場合、当院では翌月(保険診療では、同一月内に2回のPAC・PRA測定は査定を受ける可能性があるので)に30分安静臥位を保持後再度採血しています。ARR,PAC,PRAは測定間変動が大きいことから,適宜,再検査の実施が推奨されているからです。その結果、やはりPAを疑う結果が得られた場合、高次医療機関(杏林大学病院、武蔵野赤十字病院など)へご紹介しています。高齢者の場合、PAでなくとも低レニン血症の方が多く、たとえPAC値が低くとも、極端な低レニン値の場合、ARR>200(PAC=50、RPA=0.2では、ARR=250となる)となってしまいます。そのため、日本高血圧学会では、、PAC>150pg/mL(日本内分泌学会は>120)の条件が付記されています。しかし、PAC<120でもPA症例が存在(当院でも経験しました)するため、この条件には敢えて固執していません。ここまで「スクリーニング検査」です。紹介された高次医療機関では、1~3種類の負荷試験(カプトリル試験、立位フロセミド試験、生食負荷試験、フルドロコルチゾン試験、迅速ACTH試験、経口食塩負荷試験のうちいくつか)による「機能確認検査」を実施しPAを確定診断、さらに副腎CTによる「病型・局在診断」を行います。ここまでは必ずしも入院の必要はありませんが、検査の身体的負担などを考慮、入院を指示される場合もあります。
PAは本態性高血圧と異なり、脳、心血管系、腎臓等の臓器障害を合併しやすいことが分かっています。また、PAの副腎病変が一側性の場合(多くは腺腫)、腹腔鏡下副腎摘出術(副腎は両側にありますが、卵巣同様片方は予備で一方を摘出しても生活上支障ありません)により高血圧が根治可能です。ただ、本態性高血圧も合併していると、術後血圧値は低下しても完全に正常にはならず、降圧剤の服用を継続しなければならない場合もあります。さらに最近、横浜労災病院内分泌内科では、超選択的副腎静脈採血により片側副腎の中の腫瘍局在部位を同定、片側副腎を全摘出する必要のない単孔腹腔鏡下副腎部分切除術という患者さんにより侵襲の少ない術式も開発されています。さらに、現在カテーテル・アブレーション(経皮的カテーテル焼灼術:足の付け根の静脈からカテーテルを挿入、カテーテル先端を副腎腺腫のある病巣に押し当て高周波電流を通電、病巣を高熱で不可逆的に熱変性させる方法)により、腹部に一切傷つけず全身麻酔も必要としない治療法の治験も行われています。副腎腺腫は必ずしも片側とは限らず、両側性(従来アルドステロン症の原因は、大多数が腺腫で、両側性の症例は少ないと考えられていました。しかし、実際には、腺腫(両側性は5%程度)よりも非腫瘍性、すなわち副腎皮質球状層過形成症例の方が多く、しかも過形成症例はほとんどが両側性のため、結果として両側性のアルドステロン症の方が多いことが分かってきました。過形成によるアルドステロン症は腺腫性と区別して「特発性アルドステロン症」と呼ばれます。)の方がかなり(6~8割程度?)います。おそらく、特発性は軽症例が多く、以前見逃されていた軽症例が拾い上げられるようになり、特発性アルドステロン症の比率が上がり、そのため両側性症例が増加しているのだと思います。そのような方は手術できませんので、PA内服治療として最適な抗アルドステロン剤による治療となります。副腎病変が左右どちらか、あるいは両側か確定するには、入院による副腎静脈サンプリング(AVS;Adrenal Venous Sampling、鼠径部の大腿静脈からカテーテルを刺入、左右の副腎静脈に各々カテーテルを挿入、左右別々に採血し、どちらの副腎からアルドステロンが過剰分泌されているか調べる方法)が必要となります。「副腎病変は小さい(微小腺腫)ことも多く、副腎CTでは一部の症例しか確認できないからです。
患者さんの中には端から手術を希望されないか方もいます。当院では、たとえ手術を希望されなくとも確定診断のため「機能確認検査」「病型・局在診断」までは進言しています。内服治療を行うにしても、PA疑いのまま治療を行うのではなく、確定診断の上治療を進めた方が降圧剤選択や予後判定時、より正確に判断できると考えているからです。また、副腎腺腫の多くは良性ですが、一部悪性(がん)症例もあり、副腎CTによる画像診断は必要です。当院では現在(2018年9月現在)まで、58人の方が精密検査により原発性アルドステロン症の確定診断を受け、51人の方が検査中です。高次医療機関での「機能確認検査」や「病型・局在診断」検査は入院不要ですが、待ち時間の長い大病院に何度も通院する必要があり、年配の方にはかなりの負担です。そのため、当院では「スクリーニング検査」に加え、「機能確認検査」の中で最も簡便かつ安全なカプトリル試験を実施、その結果を見て、「機能確認検査」目的にご紹介することを現在検討しています。
高血圧の方で、PAスクリーニング検査未実施の方は、是非一度検査を受けて下さい。
なお、たとえ本態性高血圧であったとしても、PAC・PRAの測定は、体液貯留型の高血圧か否かの鑑別(PAC・PRA低値の場合は体液貯留型、PRA高値の場合血管収縮型を示唆)に有用で、その後の治療戦略を考える(体液貯留型には利尿剤、MR拮抗薬、Ca拮抗薬など、血管収縮型にはACE阻害剤、AR拮抗薬、α遮断薬等)上で参考になります。
ところで、奥アマゾンの先住民にヤノマミ族がいます。彼らは食塩(塩化ナトリウム)のない生活をしています。24時間尿中ナトリウム排泄量は食塩換算でたったの0.08gと極端に低値です(塩は汗からも失われるため実際には0.08g以上の塩分を摂取しています)。一方、日本人の平均塩分摂取量の1/100程度です。ヤノマミ族の血液中ナトリウ濃度は正常で、平均血圧は96/61mgHgしかありませんでした。しかも、加齢による血圧上昇もなく!心血管病も発症しません。重たい荷物を持ってジャングルを歩き回るほど体力があり、健壮です。そのように極端に少ない塩分摂取にも関わらず低ナトリウム血症を来さないのは、レニン―アルドステロン系が活性化、アルドステロンが大量に分泌され、尿中にナトリウムが捨てられないようにしているためです。ならば、逆にアルドステロンが過剰に分泌される病気であるアルドステロン症、とくに軽症の特発性アルドステロン症の方が厳格な食塩制限を実施すれば、正常域まで血圧を下げられる可能性があります。実際、当院に通うアルドステロン症の患者さんを見ていると、汗から塩分が失われる(1,000ccの発汗で約2g程度の食塩が排泄されます)夏になると血圧が低下する印象があります。アルドステロン症の方には、厳格な食塩制限を指導しています。