この10年麻疹(はしか)の流行がマスコミで報道されることが多くなっています。
まず、下図は1999~2007年の定点あたり麻疹患者報告数(麻しん、成人麻しん:18歳以上、2006年から15歳以上)です(国立感染症研究所感染症疫学センター作成厚生労働省麻しん風しん対策推進会議資料を転載)。

図のように2007~2008年にかけて10~20歳代の若年者を中心に成人(青色の線)の麻疹が全国的に流行しました。そのため、当時、都内では日本大学、上智大学、東京工科大学、駒沢大学、和光大学などが休講になっています。この流行を機に厚労省は2008年1月から全数報告を医療機関の義務付け、正確な患者数が把握されるようになりました。
そして2018年、今回は台湾から沖縄県に”輸入”された麻疹の流行です。下図(国立感染症研究所発表資料)では赤線で示された2018年の麻疹累積報告数が13週目(4月第1週)から急激に増加しているのが分かります。

昨今、何故麻疹の流行が話題となるのでしょうか。日本の麻疹に関する予防接種制度の変遷を述べると、
- 1948年
- 予防接種法制定
- 1966年
- 麻疹不活化ワクチンと生ワクチンの併用療法が開始される。
- 1969年
- 併用療法が廃止になり、麻疹弱毒生ワクチン単独接種に変更になる。
- 1978年
- 麻疹ワクチン1回接種が定期化される。
- 1989年
- 麻疹生ワクチン、風疹(三日麻疹)生ワクチン、ムンプス(おたふくかぜ)生ワクチンを混合した麻疹風疹おたふくかぜ混合ワクチン(measles-mumps-rubella;MMRワクチン)が導入される。
- 1993年
- MMRワクチン接種後のおたふくかぜワクチンによる無菌性髄膜炎症例が蓄積、MMRワクチン接種が中止となる。
- 2006年
- ムンプスワクチンを除いた麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)が導入、従来の第1期(満1歳~2歳未満)に加え、第2期(就学前の1年間)が開始、2回接種が定期接種化される。
- 2007年
- 10~20歳代の若年者を中心に麻疹が流行、翌2008年まで持続し終息する。
- 2008年
- 5年間の時限付きで、第3期(中学1年生)、第4期(高校3年生)を対象として麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)の接種が導入される。
- 2008年
- 麻疹患者発生動向調査はそれまでの小児科定点及び基幹病院定点から全医療機関に全数報告を義務付ける。
以上のようになります。
そもそも1978年に麻疹ワクチン接種が定期化されるまで、麻疹を予防する対策はあまりなされていませんでしたから、麻疹の流行は為すがままの状態で、日本人ほぼ全員が成人するまでに必ず感染していたと推察されます。下図(「過去50年間の麻疹患者数と麻疹が原因として報告された死亡者数」国立感染症研究所感染情報センター資料)をご覧下さい。2008年まで全数報告の義務がなく過少報告であるにも関わらず、それでも1951年には約18万人が感染、麻疹を発病しています。旧感染症発生動向調査では届け出数の10倍以上となっていることより、やはり実際の患者数はもっと多かったのかもしれません。

そのため、「はしかのようなもの」といった慣用句まで生まれたわけです。今では死語かもしれませんが、「はしかのようなもの」とは「誰もが一度は通る道」「誰もが若い時期に経験すること、失敗」といった意味に使われる慣用句です。換言すると、麻疹はこれほどまでに感染力の強いウイルスといえます。飛沫感染するインフルエンザと異なり空気感染もするためその感染力はインフルエンザの約10倍で、ワクチンなどで免疫を獲得していない場合、不顕性感染はなく、感染するとほぼ全員発病します。
しかし、1978年幼児に対する麻疹ワクチン1回接種が開始されると当然麻疹患者数は年々減少していきました。ただ、麻疹が完全に日本から撲滅されることはありませんでした。というのは、麻疹ワクチン1回接種では約95%以上の方が免疫を獲得できましたが、数%ながら十分免疫が付かない方がいたからです(primary vaccine failure;PVF)。2回接種するとそれら不十分な方もたいてい麻疹に対する免疫を獲得できます。ちなみに欧米では2回接種が基本です。さらに、1989年導入されたMMRワクチンで髄膜炎の副反応が出現、1993年MMRワクチン接種が中止になる事態に及び、予防接種に対する不信感から、予防接種そのものを控える親御さんもいました。
そのため、2006年厚労省は、就学前の1年間に2回目の麻疹ワクチン接種を定期化しましたが、時すでに遅し、2007~2008年頃、上述のように10代から20代の若者に麻疹が大流行してしまいました。この年代に流行した理由は当時、1、まったく麻疹ワクチンを接種していない者(おおよそ15~19歳の一部)、2、1回接種はしたが免疫が獲得できなかった者(PVF)(1~30歳のワクチン接種者の約5%)が蓄積したことに加え、3、1回接種し免疫を獲得できたが、時間の経過とともにその免疫が失われていった者(secondary vaccine failure;SVF)が多数いたためと考えられています。
SVFとは一度獲得した免疫が時間の経過とともに記憶(免疫細胞の記憶)が薄れ、抵抗力がなくなることです。これは、このページの「帯状疱疹、帯状疱疹後神経痛や顔面神経麻痺ワクチン(予防接種)について」の欄、「はしかのようなもの」の段落でお話ししたことですのでそちらもご参照下さい。ワクチン導入以前は、日本中に麻疹ウイルスが蔓延していたためほとんどの日本人は、とっとと感染しましたから、当然患者の大多数が乳幼児~小児でした。しかし、幼児のワクチン接種導入より小児の麻疹患者数は激減しました。しかし、幼児期に接種したワクチンの効果は一生涯持続するわけではありません。一旦獲得した免疫、抵抗力も年々低下していきます。しかし、そういった時期、麻疹に感染すると、あたかも2度目のワクチン接種を受けたかの如く、免疫力が再上昇(ブースター効果といいます)します。ちなみにこのような2度目の感染では免疫力の残り具合で、まったく症状が出なかったり(感染したことに本人も気付かない)、症状が出ても潜伏期が長かったり、微熱だったり、皮疹の出方も少なかったりして、麻疹であることに気づかず、別の病気に間違われることもあり「修飾麻疹」と呼ばれています。
しかし、皮肉にもワクチン導入以後麻疹患者数が激減、年々感染する機会が失われ、ブースター効果を得る機会が失われて行きました。おそらく30歳代以上はまだ麻疹に感染する機会があり、ブースター効果を得ることができのでしょう。しかし、2007年当時10~20歳代の若者はその機会も少なく、麻疹流行を招いたようです。
2008年から5年間時限の第3期(中学1年生)、第4期(高校3年生)麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)接種導入により、結局、1990年4月2日生まれ以後の世代、すなわち現在28歳以下の世代は、受け漏れていない限り、世界標準通り2回の麻疹ワクチン接種を実施していることになり、麻疹に対して十分な抵抗力を持っていると予想されます。しかし、実際には第3期の接種率は85.1%、第4期に至っては77.3%に留まってしまいました。ですから、現在の麻疹流行に関して、感染の危険性が高いのは29歳以上(第3期または4期の接種を打ちそびれた場合19歳以上)の方と言えます。一方、1978年の幼児期の麻疹弱毒生ワクチン定期接種化以前に生まれた方、換言すると45歳以後(1972年10月1日生まれ以後)の方は、高い確率でほぼ全員が麻疹に感染、さらにブースター効果を得ている者も多いと予想されます。結局、現在、29歳(1990年4月2日生まれ以後)、2回目のワクチン未接種の場合19歳(2000年4月2日生まれ以後)~44歳の方が現在麻疹に罹りやすい状況となっています。

上図は今回沖縄に端を発した麻疹流行における「年齢群別接種歴別麻しん累積報告数」(国立感染症研究所発表)です。実際、ご覧になってお分かりになるように予防接種をまったく接種していない(オレンジ色)乳幼児、小中学生を除くと、20歳前半から40歳代半ばまでに多数発生、50歳以上では全部合わせても5名しかいません。
そもそもですが、日本は諸外国と異なり麻疹ワクチン接種回数が2006年まで1回であったため、1966年麻疹ワクチン接種導入後も麻疹患者発生数が多く(上図「過去50年間の麻疹患者数と麻疹が原因として報告された死亡者数」をもう一度ごご覧下さい)、麻疹「輸出」国と見なされる不名誉な状況にありました。そこで、政府は2007年、2012年までに麻疹を国内から排除(天然痘のように撲滅ではありません。排除とは、国外で感染した者が国内で発症する場合を除き、麻疹診断例が一年間に人口100万人当たり一例未満であり、かつ、ウイルスの伝播が継続しない状態にあることをいいます)することを目標に掲げました。2006年諸外国同様のMRワクチン2回接種導入の結果、2015年3月27日、WHO西太平洋事務局により日本は「麻疹排除状態にある」と認定されました。そのため、換言すると現在、日本で麻疹が流行する場合、今回のように流行国から「輸入」される場合のみとなりました。下図はWHOが発表した世界各国の麻疹症例発生数です。今回の沖縄での流行も中華民国の方がタイに旅行したとき麻疹に感染、10日間の潜伏期の間に沖縄に来日、そこで麻疹を発症、日本国内に感染が広がりました。

2018年の流行では麻疹ワクチンが不足してしまいました。限られた量のワクチンを最大限有効利用するため、国立感染症研究所感染症疫学センターは、「麻しん風しん混合(MR)ワクチン接種の考え方」を示しています。これはあくまでもワクチン不足の状況下での対応です。
ワクチン供給量が十分な場合、下図の如き日本環境感染学会から発表されている「麻疹・風疹・流行性耳下腺炎・水痘ワクチン接種のフローチャート(医療関係者のためのワクチンガイドライン第2版)」が参考になります。

今回はあくまでも麻疹ワクチン接種対象年齢に焦点を絞った話です。麻疹の一般的な知識は厚生労働省ホームページの
「麻しんについて」をご参照下さい。